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 冬至をこころまちにするようになったのは、何年くらい前からだろう。もうこれ以上、夜は長くならない。明日からはまた一歩一歩、明るい時間が長くなる。そう思うだけで、全身が少しほっとする。きょうの金沢は曇り空だったけれど、空気が明るく光って見えた。
 ことしの冬至は昨日で、おととい私はことし最後の珠洲での仕事を終えた。数えてみたら、通算五回珠洲に来ていた。七月、一〇月、一一月、一二月に二回。朗読劇の公演本番のあった去年より一昨年より多い回数だった。関わり続けるということの、良さも難しさも感じた一年になった。
 珠洲だけでなく、ほんとうにことしは移動の多い年だった。尾道に行き、そこから京都を通過して琵琶湖を巡り、札幌に飛び、奥会津を再訪し、山形の山へ分け入り、岐阜にも行った。五年ぶりに海外にも出かけた。金沢も何度来たことか、名古屋を何度通ったことか。どの旅も大切な旅になったけれど、来年はもう少し違う動きかた、立ち止まりかたができるといい。ほんとうに、私はすこし、ゆっくり立ち止まりたくなった。たぶんことしは、自分の移動能力の限界に挑戦したような年だった。その限界を知ったことが、またひとつ自分自身を発見するようなことだった。

 昨日はふるさとタクシーで能登空港まで戻り、路線バスに乗り換えて金沢に来た。雨が一日降っていた。里山海道の周りに霧が漂って、バスの窓外の景色が煙っていた。金沢駅前からもうひとつ路線バスに乗り、お昼過ぎにかのちゃんの留守宅に着いて、教わっていた通りに家に入った。部屋を暖めて、五匹の猫たち(はつ、なつ、どっちゃん、くるみ、こむぎ(やっと全員の名前を憶えた!))にまみれてソファで昼寝をして、読みかけの本の続きを読んだ。台所にあったフリーズドライのミネストローネスープにお湯を注いで飲んだ。夕方、長電話をひとつした。バスタブにお湯を張って、温まって、眠った。
 きょう、かのちゃんは東京での一週間の仕事を終えてお昼前に長旅から帰ってきて、すぐその足で私を車に乗せて野々市のワークショップ会場まで運んでくれた。彼女とその珠洲時代からの仲間であるゆざさんが企画してくれた、セミクローズドの日記のワークショップ。参加してくれたのは被災して金沢近辺に二次避難している方々だった。お茶とお菓子を傍らに、肩肘張らずに、自己紹介してもらったり、能登とご自身の関わりを話してもらったりしたあとで、日記をかく時間をとった。それからひとりずつ、自分の書いた日記を声に出して読んだ。静かで、優しい時間だった。
 こういうふうに、初対面の人たちとやりとりすることも、ここ数年、一気に増えた。そういうときにどれくらい自分を晒すのか、どういう態度でその場にいるのか、毎回わからなくて緊張する。でも、最近はもうその場その場で直感的に判断して、なんとかどうやら自分も愉しみながら、切り抜けていく感じになった。詩を読むことも、言葉を書くことも、一部の人の閉じた世界であってはいけない、ひらかれてあってほしいと思う。どんな人でも、自分の一日の出来事や考えをしたためることを楽しめる世界であってほしい。移動の疲れにぶーぶー文句を言いながらも、ついこういうワークショップを引き受けてしまう理由は、そういうことなのかもしれない。