2月の仕事机から

cover ハバナから帰ってきたら、ゆっくりだけど確実に暖かい季節が近づいていました。夕方5時に飛行機が羽田に着いて、まだ明るいのがふしぎだった、嬉しかった。

いろいろ続報です。
2月22日発売の詩集『新しい住みか』(青土社)、カバー作品は毛利悠子さんのインスタレーション「パレード」、装幀を名久井直子さんにお願いして、完成しました。
かわいくなったなぁ、お前!と言いたい。
Amazonで予約開始しています

詩集の刊行にあわせて、いくつかの企画を画策中です。最初のお披露目イベントは3月19日(月)、Support Your Local Poet Meetingにて。「野蛮な魂に自信をもつ」と題して、第1部は改めての自己紹介と朗読、そしてハバナの印象報告などをまぜこぜに。第2部ではゲストにTOLTAの皆さんをお迎えして遊びます。詳細はTwitterで随時お知らせすることになると思います。この機会に皆さまに立ち会っていただけたら、とても嬉しいです。

美術手帖の3月号『言葉の力。』特集では近年の毛利悠子さんとの取り組みについて取り上げていただいたほか、いぬのせなか座による現代詩アンソロジーにも参加しました。詩の読みかたをていねいに導いてくれる解説付きです。こちらもぜひ。

また季刊詩誌『びーぐる』39号の「第二回びーぐる船上国際詩祭」特集では、この2月に私が訪れたキューバ国際ブックフェアで出版人としても詩人としても大活躍していたハバナの詩人、ケティ・ブランコを紹介します。

ハバナの第8回若手作家ミーティングは、驚くほど実り多いものでした(なんと日本から参加するのは私が史上初だったそうです)。第27回ハバナ国際ブックフェアの関連イベントということで、読書週間らしい街の盛りあがりも感じることができた滞在でした。海外での文学イベントに参加するのは私にとって三度目でした。スペイン語で朗読される詩の意味は現場ではほとんどわからず、ラテンアメリカ特有の早いんだか遅いんだかよくわからない進行テンポに苛立つ場面ももちろんあるのだけれど……(まじか。まじか。という出来事が次々起こるのだけれど……ここで多くは語るまい)。海外のイベントに参加するいちばんの良さは、何より自分の詩が日本現代詩の文脈を離れて読まれ、別の角度から評価してもらえることです。チリから来たスキンヘッドの女性作家と話したとき、「女性の情熱を書くとき、私はいつも深さと強さを大事にしてきたけど、あなたのは深くて柔らかいんだね、深さと柔らかさは結びつかないと思ってたけど、あなたはそれをやってるんだね」と言ってくれたのが心に残る。ほかにも、えーっなんでそれわかっちゃったの?すごい!という感想をいくつももらった。ひとえに翻訳のおかげだと思います。そして、今回はとくに、過去に参加した詩祭に比べても音楽がふんだんに取りこまれていて、その音楽のどれもこれもがすばらしいリズムとメロディに裏打ちされていて、耳を休ませてくれると同時に、キューバの底知れなさにどきどきしました。最も辛い時代を詩と音楽とラム酒だけで生き延びてきたような国。辛いとか、貧しいとか、豊かとか、そういうことばをいちいち海水で洗って確かめてみないといけないような国。チェ・ゲバラさん、あなたはいったい何をしたの、この島に? スペイン語勉強中とはいえ、参加詩人たちの詩のことばはまだまだ、ほとんどわからないのだけれど、メキシコのマイノリティ言語、ニチム語の詩人が私のために聞かせてくれた朗読の、音の美しさが忘れられません。詩は意味じゃない、ということのほんとうの意味はこのことなんじゃないだろうか。生きている間に一度でいいから日本で国際詩祭を実現したいけれど、私の力だけではどうにもならないのだろうと思います。詩をひとつの強い言語として、海外の詩人を手招きするための筋肉として、使うことができなければ。とにかくどこかでもう少し詳しくレポートする機会がありますように。いまは断片的かつ厖大な記憶と記録をゆっくり整理整頓しているところです。

1月の仕事机から

2月22日、『新しい住みか』という本を青土社から刊行することになりました。高潔さと優しさの同居する言葉になれたらなあと思い、きりきりしながら、ここ三年か四年、この詩集を編み続けていました。その作業が終わってしまったので、いまは、心配ばっかりです。でもその過程で、信頼している何人かの方に原稿を読んでもらうことができました。この、本になる前の原稿を信頼する人に読んでもらうという行為が、どれだけ私の励みになったかわかりません。必ずや納得のいく形で本にするという決意を支えてくれたのはこの人たちでした。ほんとうにありがとうございます。

27656994_10214216431431934_4747552160097121362_n2月1日から、キューバはハバナで開催される国際ブックフェア内の「若い書き手の集い」という企画に参加してきます。「若い」って、みんな何歳なんだろね。楽しみ。この企画のためにスペイン語のミニ詩集を制作するにあたって、南映子さんと棚瀬あずささんのおふたりに翻訳をしていただきました。いま、私をキューバに招待してくれた“若い”詩人、ケティ・ブランコさんの詩の日本語訳を進めています。(と言いつつ、まだぜんぜんできていない……キューバでがんばる。)ケティの詩は後日、詩の雑誌「季刊 びーぐる」39号で紹介予定! 掲載のご縁をくださったT先生、ほんとうにありがとうございます。翻訳は、することにも、してもらうことにも、労苦が多いけれど、翻訳文学に養分を注入され続けて生きてきた身として、こういうひとつひとつの機会をもらうこと、感謝がとまりません。

毛利悠子さんの藤沢での個展「グレイ スカイズ」は、無事終了したもよう! 「グレイスカイズのための詩集」といっしょに味わってくださった方、ありがとうございます。美術手帖3月号の「ことば」特集で、クロストークの模様と詩集の一部を紹介予定です。どうぞ、お楽しみに。

待ち遠しい春の先の5月11日(金)夜、阿佐ヶ谷にある久遠キリスト教会の礼拝堂で、朗読劇の公演をします。出演は福留麻里さん、山田亮太さん。あと私。音楽に木下美紗都さん、石塚周太さん。阿佐ヶ谷アートストリートという、今回5年目になる阿佐ヶ谷の芸術祭の一環です。詳報後日。とてもすてきな礼拝堂なので、この場所で響くものをぜひ味わいにきてほしいと思っています。スケジュール、空けておいてくれたら嬉しいです。

ところで今年も私の大好きなハリウッドの各種受賞スピーチが聞ける季節が巡ってき、ゴールデングローブ賞の受賞スピーチで断トツかっこよかったのはフランシス・マクドーマンドさんなのでありました。オプラ・ウィンフリーさんのHorizon!の叫びにもちろん私の涙は止まらなくなったわけだけど、ひとつのアメリカの女性の生としてマクドーマンドさんのような格好良さのありかたがあること、それを会場から見つめる女優さんたちの、自分にはないものを持っている人を見逃さないようにする目(私と同じ目!)、メリル・ストリープが「たまらんな〜」と爪をかむ様子などは、他の女優さんのスピーチでは、絶対に見られないものでありました。

12月の仕事机から

12月2日から始まった美術家・毛利悠子さんの個展「グレイ スカイズ」、入口でもらえるハンドアウトとともに「グレイ スカイズのための詩集」をお配りしています。今回の展示の各作品に応答する4つのソネットをおさめた小さな詩集です。翻訳者ニック・マクドネルさんのご協力のおかげで、英語版もつくることができました。

毛利さんの作品は、どれもたいへん愉快です。藤沢、東京からだとちょっと遠いけど、展示も詩集も無料です。とくに「モレモレ」展示室では大きな窓から広い景色と明るい光と一緒に作品を楽しむことができて、できることなら、おなかのすかない、眠くならない、疲れないからだをもち、一日中そこでごろごろしていたいくらい気持ちがいい。藤沢アートスペースにて、1月28日まで。

12月16日にはクロストークにもお招きいただき、4つの詩の朗読をお客様にも手伝ってもらいつつ、各作品についてお喋りしました。詩人の目で撮られた映像のこと、人間が集まってつくった舞台みたいに完成された楽器たちの空間のこと、日本各地の電車駅で行われる個性的な水漏れ対応をモチーフにつくられた水の流れの作品「モレモレ」には叙事詩の感じを感じること、などなどなど。そしてなんと『美術手帖』2018年3月号にてこのトークの模様を取り上げてくださるとのことです、たのしみです。

そのトーク終了後には、毛利さんと一緒に奈良へワープして、春日大社の若宮おん祭りに参加してきました。真っ暗やみの夜の森に神さまが起きだしてきて、その後をぞろぞろついていく参拝客の行列も、やおよろずの神さまみたいに見えた。畏れる気持ちが自然に湧いた。このことはあとでnoteに書こうと思う。

2018年は、2017年より多くのことばの仕事を企んでいるから、そのひとつひとつがよい仕事になるように、しっかりウォーミングアップの年末年始にするぞというわけで、いま鞄にはいっているのはドナルド・キーン著、金関寿夫訳『百代の過客』。聴いているのはNoname「Telefone」。ああこのことばのflowよ、これを身につけたいんだ、2018年は、占いによれば獅子座の私は勉強の時間が一段落して(by石井ゆかりさん)、猫のぺろは2歳になって、いまはまだ2017年だけど冬至はもう過ぎたからあとは春になるだけ暖かくなるだけ、なんだか今年はことばを節約してしまったんじゃないかな、後悔もなくもないが、私が黙っていてもやっぱり見わたすかぎりの場所にことばは溢れていたし溺れないでよくがんばった、準備はととのった。2018年は、歌うように語るようなことばをたくさん書きたい。書く。

11月の仕事机から

現代詩手帖 2017年11月号のレベッカ・ブラウン特集に、小文「塔と光」を寄稿しました。
ブラウンさんの言葉は、生身の、っていう形容が似合って、それが柴田元幸さんの翻訳からも滴ってるのがすごかった。忘れていた痛みの感覚をとりもどすような時間。

12月2日から藤沢アートスペースで始まる毛利悠子さんの個展「グレイ スカイズ」でのコラボレーションを作戦会議中です。毛利さんの作品、環境そのものの意思を見るような、人間的な主語から自由な、静かな祝祭的な、明るい作品群を、多くの人に、とくに詩を愛する人に、ぜひ見てほしいです。

連休明けの晴れた日、雲取山に登ってきました。お祭から入山して、三条の湯に泊まって、やわらかいお湯のお風呂、鹿肉ののった夕食、翌朝は6時半からちらちら木漏れ日の射すなかをずーっと登って、今年の西暦と同じ2017mの山頂から、尾根をずーっとくだって、もう紅葉も終わってしろちゃけた落葉松、あかく染まった秩父の峰のぎざぎざ、台風18号で雪が飛んでっちゃった青い富士山、隣の山の紅葉と常緑のパッチワーク、右、左、右、左、忙しく眺めながら、奥多摩湖の奥の奥、鴨沢のバス停まで、ずーっとくだりました。ああ。秋、摂取完了。帰ってきたら、ぺろが2日間の不在に対する抗議のうんこをダイニングの床にもりもりしていました。

夏の仕事机から

  webちくま〈昨日、なに読んだ?〉に、最近読んだ本のことをかきました。
【からだを使って読む本】
河野聡子『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』
村上慧『家をせおって歩いた』
森田真生・文/脇阪克二・絵『アリになった数学者』
http://www.webchikuma.jp/articles/-/788

ユリイカ9月号=ジャームッシュ特集号に、詩が掲載されています。「港/月光/気球」という3つの作品です。すこしの間どこかに留まったり、何かを受け取ったり、誰かと歩いたりすることについて。
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3080

これまでのアナグマ社

2003年から2016年まで、「日々穴熊」というブログを断続的に続けていました。最近はTwitterに日々のことを書いています。noteには、詩の作品をいくつかと、スペイン語日記を置いてあります。これまでの活動はここ本になった作品はここにまとめました。私は変わらず、うるさい動物です。インターネットさん、今後とも、どうぞよろしくお願いします。