水曜日、アリス・フィービー・ルー(Alice Phoebe Lou)のライブを観に、渋谷へ行った。ひとりでスタンディングのライブに行くなんて、私はこれまで、やったことがなかった。ライブの開始を待つあいだ、スクランブルスクエアの上島珈琲でナポリタンを食べて、アイスコーヒーを飲んだ。渋谷は相変わらず怖い街で、私の隣には、飲食店を始めようとしている若い女の子に始終びんぼう揺すりを続けながら切々と詐欺まがいのコンサルティングをしている男がいた。「それ、たぶん詐欺だよ」と女の子に言うチャンスを窺ったけれど(ほら「大豆田十とわ子と三人の元夫」にそういうシーンがあるでしょ、とわ子がレストランで結婚詐欺師に騙されかけてるとき、店員がそのことを教えにくる……)、私にはできずじまいだった。
私は人生に推しというものをもったことがない。先日、初めてお会いした編集者さんに、そういう対象があるかと尋ねられて、唯一思い浮かんだのが、アリスだった。そもそもそんなに好きでもないスタンディングのライブに、一緒に行ってくれる人が誰もいなくても、結局ひとりで行ってしまうほど、アリスのことは、応援しているのだった。
アリスを初めて見たのは、ベルリンに滞在していたときだった。2012年だったと思う。マウアーパークの路上で歌っていた彼女の周りには、もうすでに大きな人だかりができていた。透きとおる長いウェーブの金髪、華奢な妖精みたいな身体にギターをひっかけて、左足と右足に別々の色の靴下をはいて、彼女は歌っていた。私は路上ライブにそんなに大きな人だかりができているのを見るのも初めてだったし、自分が路上ライブに引き寄せられて見入ってしまうのも初めてだった。彼女の足もとに置かれた段ボール箱の中には10ユーロのCDがたくさん詰めこまれていて、歌の合間に、人混みの中からそれを買う人がひっきりなしに現れた。私もそのCDを一枚買った。写真も撮った。
その数年後、アリスが来日するという情報に出くわした。あれからアリスはものすごく精力的に世界中のライブハウスでツアーを組んでいた。そしてついに日本にも来ることになり、青山で、青葉市子ちゃんと対バンするというのだった。チケットを買わないわけにいかなかった。あの子が、あの子が、あの子が、日本に来る!!! 嬉しくて嬉しくて、ライブ会場でたくさん声援を飛ばした。そんなことも初めてだった。
彼女の四年ぶりの来日ツアーの初日はWWWXで、しっかりソールドアウトになった。日本語でちょっとだけ挨拶してくれた。お喋りの中で、桜の季節に来られて嬉しい、と彼女は言って、しかも昨日は春分だったね、春の、一年の始まりのエネルギーをみんなにお裾分けするね、と、客席に向かって種を撒くようなしぐさをして、それがまたかわいかった。四年前よりも女の子のファンがたくさん来ている気がして、それもまた嬉しかった。大好きな曲「dusk」をアリスが歌うとき、私は一緒に口ずさんだ。立ちっぱなしのライブが嫌いなことなんて、その歌を聞いているあいだだけは、忘れてしまった。