水曜日、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」を観に映画館へいった。毎年この季節になると、アカデミー賞授賞式がある。映画の宣伝会社に勤めていた頃、その日だけは出社するとオフィスのフロアに大きなモニターが設置されていて、みんなでモニターを囲んでリアルタイムで賞の発表に見入った。クライアントの携わっている映画が受賞すると嬉しかった。公式サイトの予告編を「アカデミー賞ノミネート!」から「アカデミー賞受賞!」のバージョンに差し替えるのが私の仕事だった。オスカー狂いの私の上司は、Twitterで授賞式の実況中継をするために会社を休むのが恒例だった。私も、いまでもその日がくるとそわそわする。WOWOWを契約していないので、リアルタイムで全部を見ることはできないけれど、一日くらい経ってから、YouTubeで受賞者のスピーチをチェックする。司会のコメディアンが打つオープニングトークもチェックする。元上司のTwitterもチェックする。
受賞者たちのスピーチを見ていると、私はすぐ泣いてしまう。今年は「エブエブ」のミシェル・ヨーが主演女優賞のスピーチをした。難しい年頃の娘の母親役を務めたミシェル・ヨーが「女性の皆さん、あなたがもう花盛りを過ぎたなんて、絶対に誰にも言わせないで!」と高らかに叫んでオスカー像を掲げ、会場の女たちが盛大な賞賛の声を飛ばす。勇気づけられて、私は泣く。「エブエブ」のダニエルズも監督賞のスピーチをした。早口で謝辞をまくしたてるスピーチの中に映画や芸術への愛が詰まっていて、私はまた泣いてしまう。「エブエブ」のジェイミー・リー・カーティスも、助演女優賞のスピーチをした。プロデューサーとしても活躍しているこのベリーショートのよく似合うかっこいい女性が「オスカーをとったのは、(私ひとりじゃなく)私を支えてくれた全員です、私たちが、私たちが!オスカーをとったんです!」と両手を広げて叫ぶ言葉の説得力に、また泣いてしまう。
アカデミー賞の結果をひととおり知ったところで、作品賞受賞作を映画館に観にいくのが、もうずいぶん前から、私のこの時期の恒例行事になっている。「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は、マルチバースという言い訳のもと、あの怪作アニメ「ポプテピピック」みたいなめちゃくちゃさのなかで王道の物語が展開されて、そのばかばかしさの中に見え隠れする愛がツボに入ると笑いが止まらなくなってくるのだけれど、私の観た回では映画館は静まりかえっていた。後ろの列に座っていた老夫婦は、アカデミー作品賞受賞作を観に来たはずなのにいったい何を見せられたのかしらという顔で、エンドロールが始まると早々に席を立っていた。