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新しい年が、しれっと始まってしまった。どこにも出かけずに部屋で年越しをした。そのかわり、去年の最後の週にご近所仲間のSちゃんたちが南伊豆ドライブ旅行に連れ出してくれた、その思い出をお正月の肴にしていた。ふしぎな旅だった。ぐうるぐうるとらせん状に降りていく天城越えの車道を、私は中学の研修旅行で何度か通ったことがあった。それは身体が憶えていた。滝をみて、おだんごを食べて、温泉に入り、お刺身とクラフトビールで乾杯した。とても普通の、王道の温泉旅行で、それがよかった。普通じゃなかったのは、その新しい宿を切り盛りしているのが、Sちゃんの知り合いだということだった。大きな座卓をみんなで囲めるようになっている宿の広間の隅で、遊びにきた近所のおとなやこども(それもSちゃんの知り合いだった)が百人一首かるたをやっていた。途中から私も混ぜてもらって、百人一首でいちばん好きな歌(あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む(柿本人麻呂))の札を小学生の女の子と僅差で(ちょっと譲ってもらって)とった。それから「海老しか勝たん」というひょうきんな名前のバーにどやどやと行った。バーはとてもちょうどいいサイズで、暖かくて、よく知っている人とさっき知り合ったばかりの人がいて、マスターは人の心をひらくのがうまかった。紅茶とオレンジの強い香りをつけたジンを勧められて飲み、おかしな酔っぱらいかたをして、気がつくと、そこにいる若手女子たちの人生相談を片っ端から引き受けていた。